最高学力クラスとしての矜持
唐突ではありますが、これだけはどうしても断言しておきたい。
門脇クラスは成増塾で最高レベルのクラスを運営しています。
これは揺らがない事実であると、胸を張って断言します。
2002年より成増塾で指導を開始して以来、常にこのことを自覚してやってきました。
東大や京大、国立医学部、一橋大、東工大への圧倒的な合格実績はその証左ですし(受講生の皆さんはこの点はよく熟知されているはずです)、
早慶レベルであれば「きちんと受講していれば合格して当たり前」という授業内容を保証しています(2015年入試も早慶志望者は圧勝でしたしね)。
受講生にもその点をよく自覚して受講してほしいと願ってやみません。
ただ、そのような高い理想を設定した指導方針を生徒各自の状況とどのように照らし合わせるかは、生徒さん各自の問題です。
「最高水準の授業を提供している」とは言えたとしても、
「それぞれの生徒にとって自分の授業が最高だ」などということは、本来私が押し付けるような話ではありませんから。
成増塾は入塾時にクラス分けテストがなく、ましてや指定校制も採用していません。
これは本当によいシステムだと、指導開始当初から感じています。
多くの予備校や塾では、エントリー時にすでに学力(や在籍高校)でふるい分けがなされてしまうのですが、
成増塾ではそのような線引きをあらかじめすることはなく、
自由に自分の判断で最高水準の授業を受講することが可能なシステムとなっています。
こんな理想的なシステムを利用しない手はないと私などは思うのです。
ですが、それをどう評価するかは、やはり生徒さん各自の問題であって、私が押し付けるような話ではありません。
たしかに、成増塾のすべての英語の授業の中で最も過酷なクラスであることは間違いないでしょう。
難易度も最も高いでしょうし、勉強量もそれなりに要求します。
(注:といっても「ガリ勉」を私が忌み嫌っているのは受講生の皆さんの知るところですし、最も合理的に学習を終える質と量を計算した上で設定したカリキュラムです)
だからと言って、自分の現状の学力に自信がないからといって、高みを極めることを諦めることはやや早計なのではないかと、心から強く思うのです。
門脇クラスに集まってくれている生徒は皆、自分の秘めたる可能性を信じて、その可能性を開花させるために切磋琢磨しつつ、最高水準の授業内容と格闘しています。
自分をどこまで伸ばせることができるのか、それを試すには最高水準のクラスでなければ分かりようがない。
自分に妥協することなく最高水準のレベルで格闘する。
それなくしては、秘めたるポテンシャルを十全に発揮することはできないはずです。
そういうことがわかった意欲ある受講生に集まってほしいのです。
そういう生徒が参集する知的アリーナが、私の描く理想的な指導環境です。
楽チンそうに見えるやり方に安易に逃げるような生徒は門脇クラスには向いていないですし、そういう生徒は毎年、自然と受講を辞退していったり、他のクラスに移籍したりしています。
指導者としては冷たいようですが、それでいいと思っています。
でも、自分の可能性を試していこうとする決意をもった生徒は絶対に見捨てることはしません。
それは指導者としての責務であり、また矜持でもあります。
自分が提供しているクラスが、ただ周りの受験生を出し抜くための受験競争のためのテクニックを養成する場ではなく、真摯に自分の可能性と向き合う場であるように。
そう常日頃、考えています。
そして、上に述べた授業の趣旨を十分理解した生徒たちが集い、授業を盛り上げてくれていることを、日々の授業の中で非常に嬉しく感じています。
以上は、授業を始めるために教室に入る時に、毎度思っていることです。